人間中心主義と人間優越コンプレックス (Anthropocentrism and the Human Superiority Complex)
人間という生物種の生態学的不適応性を哲学的に診断すれば、人間中心主義 (anthropocentrism, homocentrism) の概念が挙げられる。それに対し、この不適応性を改正するものが、生命中心主義 (biocentrism) や生態系中心主義 (ecocentrism) である。人間中心主義への批判は、特にノルウェーの哲学者アルネ・ネス (Arne Naess) や彼の提唱するディープエコロジーの賛同者によって明確に論じられてきた。人間中心主義という言葉が近代の世界観における人間の自然に対する姿勢への批判として用いられるのは、「自民族中心主義 (ethnocentrism)」が人種差別への批判として、また「欧州中心主義 (eurocentrism)」が西洋文化の植民地開拓イデオロギーの批判として用いられていることに相当する。
人間中心の姿勢が工業社会の生態学的不均衡を生み出し、それを悪化させてきたのは疑いないが、人間中心主義という言葉の使用に関して、メツナーは疑問を呈する。この言葉には2つの異なった意味合いが含まれているためである。Anthropocentricは文字通り「人間中心」を意味するが、人間は、他の生物と同様に、自らの生存優位性を最大限にしようと努めるため、自身の視点から世界を見ざるを得ない。したがって、非人間中心主義の立場というものは不可能であり不自然だ、とメツナーは言う。
しかし、ディープエコロジストたちによる人間中心主義への批判は、単に人間中心の観点への執着を非難しているだけではない。そこには勝手に思い込んでいる優位性と他者を支配する権利という意味合いが暗に含まれていることへの批判がある。これは「人間偏重主義 (human chauvinism)」や「人間帝国主義 (human imperialism)」、「種差別主義 (speciesism)」と呼ばれているものであり、人種差別主義 (racism) 、性差別主義 (sexism) 、階級差別主義 (classism)、民族主義 (nationalism) といった偏見のイデオロギーに相当するものである。これらいずれの偏見の形態にも、人間のある集団が、自らが他の存在(人間や人間以外のもの)よりも優れていると決めつけ、劣っていると判断されたものを支配し、利用する権利を思いのままにするといったことがみられる。今日の環境問題は、まさに他の生物種よりも優位であるという人間の思い込みによる種差別主義に根ざしている。
これは人間中心の観点へ執着することとは全く異なる考えであるので、メツナーは人間中心主義の代わりに、この病理診断メタファーを「人間優越コンプレックス (human or humanist superiority complex)」と呼ぶ。創世記の創造神話に描かれる「支配」の比喩的表現をその源泉のひとつとしてみなすことができるだろう。「支配」とは、実際には「スチュアード精神 (stewardship)」であり、神の代理人として世界の世話を任されていることを意味すると主張するキリスト教神学者もいるが、多くのものにとっては、このスチュアード精神の概念もいまだ人間優位性の前提に成り立っているといえる。また、ダーウィン進化論の単純極まりない解釈も、人間が他の生物に比べてより複雑に進化を遂げたすぐれた動物だという考えを助長し、自然に手を加え、人間に見合ったように利用する知識と権利を有することを当然とみなすようになってしまった。
「優越性の追求」や「力への意思」は、心理学者アドラー (Alfred Adler) の発達理論の中心概念である。アドラーは、意識的な優越感とは、無意識の劣等コンプレックスを常に補償するものであり、そうした劣等感は長期に渡る依存性や未熟さの結果として幼年期に自然と生じる傾向があると考えていた。この優越-劣等コンプレックスを人間の自然に対する横柄さに当てはめてみると、自然を征服し支配するという姿勢の裏には、自然世界への無意識の恐れや不全感が潜んでいるといえるだろう。
〈参考文献〉
Metzner, Ralph (1998). Pride, prejudice and paranoia: Dismantling the ideology of domination. World futures (51): 239-267
Metzner, Ralph (1999). Green psychology: Transforming our relationship to the earth. Rochester, VT: Park Street Press.
Nash, Roderick F. (1989). The rights of nature: A history of environmental ethics. Madison, WI: University of Wisconsin Press.-松野弘訳『自然の権利:環境倫理の文明史』(筑摩書房,1999)
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